2020年8月2日、今年も行くはずだった長岡と花火の話

はじめまして。普段は裏方としてcooのweb担当をしているp.aこと店主の夫です。

webマガジン&ECとしてリニューアルした本サイト。方向性を模索しつつ絶賛迷走中ですが、だんだんとやりたいこと&やるべきことが見えてきているので、これからに期待してください!

また妻のこだわりa.k.a頑固に付き合ってくれているスタッフの皆さんには、ほんと感謝しかないです。この場を借りて御礼申し上げます(心中ご察しします)

しかし、今回はweb担当としてではなく、お店に飾ってあるイラストの作者「p.a」として話したいことがあり、重い筆を執りました。

さて、いよいよ本題・・・の前に、

p.aってそもそも何者?

2020年8月2日、今年も行くはずだった長岡と花火の話 1

常連のお客様なら、この絵を見たことはあるのではないでしょうか。

ほんとうに大人が描いたのか、子供が描いたんじゃないの~?

など、絶賛の言葉を頂いているこの絵ですが、当時31歳の男性が描いた作品です。幻滅させた方ごめんなさい。

この絵は初秋の夕焼けをバックに、お店の開業を手伝ってくれた友人や自分たちの家族。

そしていつも空から店を見守ってくれているのは、妻が飼っていた愛犬のクー(店の名前の由来!)と開店のわずか三週間あまり後の2014年10月13日に脳幹出血により急死してしまった妻の母です。

長岡の花火と義母の死

そのわずか二か月ほど前、お店の開店準備に追われていた2014年8月2日。長岡に住む友人宅に花火を見に家族旅行に出かけました。

cooオープンを翌月に控え、さすがに行けないんじゃないかとも思いましたが強行突破!やっぱり行って良かった~。

妻の幼馴染で神奈川の相模原から新潟の長岡に引っ越した友人とは子供の年齢も近いこともあり、一年おきに、長岡と相模原を交互に行き来するのが恒例行事になっていました。

そのきっかけになったのが長岡大花火大会です。初めて見た長岡の花火の衝撃は忘れられません。

まず、打ちあがる花火の量と大きさが今まで見た花火大会とは比較にならないほどすごい!

そして音楽に合わせて打ちあがる花火の演目は構成が見事で本当に美しい!

花火で感動して涙することがあるなんて、、、世界中の花火を見たことはありませんが、絶対に世界一だと思っています。

人ごみが嫌いで正直、花火大会に行くのはあまり好きじゃなかった自分が終わる頃には「絶対にまた来たい」と思っていました。

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写真が下手で花火の魅力が伝えられていないのが残念・・・

まぁ、こんな感じですっかり長岡の花火に魅了されてしまった私達家族は、ニ年に一度の長岡旅行が恒例行事になったのでした。

旅行から帰って来た数日後、開店準備に追われている中でしたが、花火の動画や写真を義母に見せに行ったのを今でも覚えています。

遠出をほとんどしない義母でしたが、次回は絶対に連れて行こうと夫婦で相談していました。

それからわずか二か月あまり、突然の訃報。

妻より豪快でおおらかな大きな愛を持った人でした。義母の死について話したいことはたくさんあるのですが、いつか妻から語られる日があると思いますので、僕から話すことは控えます。

慰霊と祈りの花火、長岡の花火はなぜ美しいのか

長岡の花火には他の花火大会と違い、競う為ではない慰霊と平和の祈りが込められてます。

私は見たことははいのですが、長岡まつりの前日の8月1日には長岡空襲の始まった時刻にあわせて打ちあがる白菊という花火もあるそうです。

ぽっかり空いたその穴が埋まることもなく、義母の遺影を胸に忍ばせ行った2016年の長岡まつり。

夜空にこれでもかと打ちあがる花火に、決して届くことはないのかもしれない義母への感謝の気持ちを込めて祈るように見ていました。

それまで身近な人の死をほとんど経験したことがなかった私には”慰霊”や”祈り”という言葉は知っていても、それがどういう意味を持つのか知りませんでした。

1945年の長岡空襲、2004年に起きた新潟県中越地震、度重なる困難から立ち直る力強さと慰霊と平和の祈りが込められているからこそ長岡の花火は美しく、皆の心に響くんだと思います。

それから、私達家族にとって長岡花火はさらに大きな意味を持つ行事になったのでした。

さいごに

しかし、2020年は新型コロナウィルス感染拡大の影響により、戦後復活してから75年目にして初めて長岡大花火大会は中止になってしまいました。

私の悲しみとは比べようがないぐらい長岡市民の皆様の落胆は大きいと思います。

また、長岡で訪問介護の仕事をしている私の友人は、緊急事態宣言中も休むことも自宅で作業することもできなかったと聞きました。感染拡大の最中、高齢者の方の命を繋ぐ責任と自らが感染者として高齢者の方の命を奪うかもしれない不安の中、日々を働いてる彼女のことを思うと頭が下がる思いです。

花火大会をもう一度見れるその時は、私達家族にとって長岡の花火はまたひとつ大きな意味を持つことになるでしょう。長岡に住む友人とまた花火が見れるその時を願っています。

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友人家族の新築祝いに描いた絵

この記事を書いた人

p.a

p.a

1983年生まれ。元webディレクター。現在は独立してwebデザインやメディアサイト運営の手伝いをしています。

cooのweb担当。たまにイラストを描いたりしています。モットーはやりたいことをやる、やりたくないことはやらない。

いちおー、店主の夫です。